2015年 03月 27日

国標

これが国標だ。
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解説板から一部改変
明治政府は琉球諸島が国防上極めて重要であるとし、その東に位置する未だ所属不明瞭のまま放置されている大東島についても早急に調査して日本の領土として明確にしておく必要があった。又、琉球諸島が東洋航路の要地に位置している関係上、18-19世紀の頃から西洋諸国などの艦船の往来が次第に激しくなりつつある中で、領土主権をめぐって他国との摩擦を引き起こさないためにも国際的にその所属を明確にしておく必要があった。そうした背景があって政府は無人島である北大東島の調査をときの沖縄県令西村捨三に命じたのである。そして明治18年8月29日に南大東島に、翌々日の31日に北大東島に木柱の国標が建立され、北大東島が正式に沖縄県の管轄下であり、日本の領土であることを明確にしたのである。また、このときの国標建立のための渡航者、石澤兵吾他5名が北大東島の最初の公式渡航であり、初めての上陸者である。
北大東島国標 出雲丸船長建立、昭和12年再建立



はるかかなたに沖縄本島を望む(見えない)西の港に国標は立っています。案内板は太陽光にやられて文字が完全に消えかかっています。(^_^;) のでここに復元しておきました。
行き方=那覇空港から飛行機でかなり時間。空港から徒歩かなり分。
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by tomomo324 | 2015-03-27 18:00 | Comments(0)


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